引っ越しは大変です。17年間ヨーロッパでためてきた物をまとめ、何を捨てるか、人にあげるか、売るか、また、何を日本に持っていくかなどを決めたりしていると、気詰まりしてきます。正直に言って、私は、次の事を言おうかどうかためらっています。今、ある考えが私の頭の中にあるのですが、それを言うと、尊敬すべき友人と私との関係は悪くなってしまうかもしれません。私は、人々があまり考えないような、この私の考えを告白するために、どういう風に言えばよいかと言葉を選んでいます。
ユーフォニアムは、時として、私が持つ金管楽器のイメージから離れているなと感じることがあります。そして、また、バス・ユーフォニアムとも言えるであろうイギリスのEbテューバについても、同じような感じがするのです。
このように言ってしまったのですから、私は、その理由を挙げるべきでしょう。ユーフォニアムもイギリスのEbテューバも、しばしば、音色が単調で、音量の弾力性に欠け、いつも「きれい」だと私は思うのです。ピアニッシモでもきれいで、フォルティッシモでもきれいなのです。神は、このような音を創造してはいない!と思うのです。
人の声、弦楽器、その他のほとんどの金管楽器は、より音量が上がるにつれ、倍音の比率がより豊かになっていきますが、ユーフォニアムと、イギリスのEbテューバは違います。「きれい」なままなのです!オーケストラの団員であった頃、テナーテューバパートのある作品のときに、ユーフォニアムがそののパートを代わりに演奏すると、私は、欲求不満を感じたことを覚えています。金管セクションの音量が大きくなっても、また、セクションの響きが活気づいてきても、ユーフォニアムだけは、ただ「きれい」なままだったのです。ユーフォニアムテューバアンサンブルにおいて、ユーフォニアムがテューバの強弱についていけないことがあるというのも、同じ理由によるものです。
私は、かつて、ベッソンのEbテューバ、BE980の愛用者でした。
とても良い楽器でした。私が演奏したことのあるヒンデミットのソナタを吹くには、確かに最高の楽器でした。私は、その楽器をロサンジェルスフィルハーモニックが録音したドボルジャークの新世界で、14個の音全てに使いました。本当に素晴らしかったのです。ロスで録音したフランクのニ短調の演奏にも完璧でした。
Eb管はイギリスのもので、エルガーがエニグマ変奏曲のために考えた楽器でしたので、私は、それも試してみようと決断しました。大変上手くいきました、が、しかし、簡単に言うと、この作品の力強い部分においては、その強さを持っていませんでした。そういう事から判断すれば、C管は、より合っていた楽器でしたし、軽いパッセージにおいては、F管の方が、他の金管メンバーの音に溶け込んでいると感じたのでした。
もし、あなたが、この話を真剣にとらえすぎているなら、どうか、これは、多少のユーモアを狙ったものだと心に留めておいてください。もしこの話にみなさんの反応があれば、私も嬉しいとは思いますが、しかし、とにかく、私は、この話のせいで、友達を失いたくはないのです!
これは、私の偏見、ただほんの小さな偏見なのです。私の親友の数人は、ユーフォニアムやEbテューバプレイヤーであり、たとえ彼らがいつも「きれい」であっても、私の心の中では他の人と同じように素晴らしい友人たちなのです。
2005年、8月3日、スイス、ローザンヌにて。